第1回 TDBA Youth Camp 報告

1.概要

日程 2024年12月14日 – 15日
会場 アミティ舞洲障害者スポーツセンター
参加者 男性7名、女性8名。年齢層は12歳〜22歳まで。
スタッフ構成 川口彩雄:総括
恩塚亨 :クリニック講師
須田将広:メインコーチ
西本健人:プレイングコーチ
池田愛 :手話通訳
内田愛里:手話通訳
栗田一歩:カメラマン
長澤誠子:会場支援

2.Youth Camp内容

【目的】

ろう・聴障の子供たちのバスケットボール競技レベルの底上げを目指し、デフバスケットボールならではの コミュニケーションの工夫を通して、ろう・聴障者のアイデンティティを確立し、世界で戦える選手への育成および集中できる環境を目指す。

【目標】

2024年4月に行われる東京ミミリーグに男女と共にユースチームとして参戦し、実践経験を積む。また、世界経験を積むチャンスがあれば、それに参加する。(2025年11月の日米親善交流試合など)

【情報保障】

今回のキャンプに参加した選手たちは
・障害の程度が軽く日本語による音声言語で生活
・障害の程度が重く手話による視覚言語で生活
で大きく分かれており、選手同士のコミュニケーションが課題になるのは目に見えていたが、デフバスケットボールの国際大会やデフリンピックでは会場内は補装具は禁止であることから、当キャンプではコート上は補装具は外し、その環境に慣れてもらうことに決めていた。

ただし、下記のように情報保障に関するツールを準備しており、選手たちに「自分に合った方法で情報を取得してください。発信も同様です」と共有した。
・発音をテキスト変換する器具の配置(タブレットに音声を認識してテキストに表示するアプリを使用)
・手話通訳を2名配置
・ホワイトボードを2台配置
・テレビにパソコンやタブレットを転送表示する装置を配置
上記ツールの中で、特に利用されていたのは手話通訳とホワイトボードであった。ほとんどの選手は、手話と読唇術(口を大きく動かして読み取っていた)を使ったりして柔軟に対応しているようであった。しかし、後述するように試合中での緊迫した場面でのコミュニケーションについては一度では伝わりきれず、課題となった。

【クリニック講師】

今回のキャンプではバスケットボール競技のレベルを向上するためのクリニック講師として、元バスケットボール女子日本代表監督の恩塚亨氏を招聘した。

【選手たちへの事前説明】

選手たちには事前に下記の要点を説明した。

  • 障害の程度が軽い子と重い子がおり、それぞれ生活で使っている言語が違うため今回のキャンプで実際に体験し、身をもって、チームとして課題に取り組むこと。
  • 最初は1対1から3対3を教えていくが、時間があればディフェンスも取り組みたい。ディフェンスのときのチームコミュニケーションが一番難しいので、まずはオフェンスから。
    → 結局は時間の関係で実施できず
  • 最初から細かい指導はしない、少しずつ細かい部分を教えていく。ここはデフバスケットボールであり、自分に合った情報保障を利用しつつ、わかったフリはせずにしっかり理解に努めること。
  • 置いてきぼりの選手を作らないように、チーム内でコミュニケーションを確立することが先である。

【実施内容】

1on1

各選手の1on1スキルの確認、途中でフロントチェンジと制約をつけ、他スキルで柔軟対応できるかどうかをチェックした。幅を使った攻めができていない選手がほとんどだったため、フロートを伝授し、ついてに連動できるスキルとして、ポケットとドロップを伝授した。さらに、決め技としてレイアップしか打っていなかったことを考慮して、ロバストによるミドルレンジからシュートを狙えるように指導した。

2on2

恩塚氏の指導もあり、「1on1ができない状況になったときは複数で攻める選択をする」とし、主にDHO(ドリブルハンドオフ)とPNR(ピックアンドロール)を使うように指示し、ディフェンスがファイトオーバーしたときと、スライドもしくはスイッチをした時に自分のディフェンスの位置によって攻撃の選択をすることを伝授した。ただし、1on1で攻められる 状況(青信号と黄色信号、赤信号の区別を恩塚氏から指導あり)のときは攻め切ることも指導した。

3on3

ホーンズとスペインピックと呼ばれるダブルスクリーンを、ろう・聴障者の弱点である「後ろから仕掛ける」方法を伝授し、そこから展開できるように数々のオプションを伝えた。ホーンズは横にスクリーンを左右同時に仕掛けるのに対して、ダブルスクリーンは縦に展開するような形とした。さらに、試合を想定して、チーム全員が「何を持って試合に望み、どんな戦い方を展開していくか」のイメージを共通認識として持っているか(セイムページを持っている)を指導した。

5on5

男女に分けてチームを組み、ゲーム形式で5分通しで紅白戦を実施した。勝敗よりもチーム間の選手同士のコミュニケーション能力を重視し、試合における個々のスキル、戦い方などだけではなく、「私たちはこれを使って攻める」と共通認識を持っているか、またそれの遂行力を見た。わずかに女子のほうがコミュニケーション能力と遂行力が高かったが、男子は稗田選手の長身(192cm)を活かした戦い方を共通認識してチームとして展開してきた。セイムページを持って試合を組み立てていくことをしっかり指導し、個々の失敗を気にするよりは次を見ることが大事と試合中に伝えてきた。

【反省点】

  • 恩塚氏が選手たちに伝える際、手話通訳士2名が対応したが、立ち位置によっては選手たちから見えず、また恩塚氏と手話通訳者の距離があったことで、どっちを重点に見ればいいのか迷った場面もあった。
  • 恩塚氏がホワイトボードを用いてわかりやすく説明がされたが、書きながら説明を同時に実施していたため、参加者らはホワイトボードを見ればいいのか、手話通訳を見ればいいのか、恩塚氏を見ればいいのか判断に迷っていた場面もあった。もちろん、同時に見ることもできず、今の説明とホワイドボードに描かれた内容が一致しないこと、そのため細かいニュアンスが伝わらず、結局なにがポイントか把握しにくかったという意見があった。しかし、最終的には選手から個別にスタッフに確認したりして理解に努めていたので、スタッフの補足説明によりそれほど大きな認識のズレは起こらなかった。
  • 恩塚氏が1on1を指導する際、パソコンによる動画視聴を用いた説明はわかりやすかったと好評だった。「こうなってほしい」という着地点が明確だったためと推測する。
  • 想定していた通り、参加者の言語の違いによる共通認識のズレを埋める事に苦労した。それぞれどう認識しているか、そもそもズレそのものが起きているのかをコーチが常に把握できていないと指導が空回りするためしっかりと選手らを観察する必要があった。中には「わかったフリ」をする選手もおり、それは悪いこととは指導せず、「試合を想定して、ちゃんと自分の認識と仲間の認識がズレていないかを確認すること、その方法は各自で考え実行すること」と指導してきた。
  • 言語が異なる選手同士のコミュニケーションについては、普段の会話はゆっくりと口を大きく動かすこと、ホワイトボードに書く、理解したバイリンガルな選手が率先して選手の言語を合わせて説明や通訳をしてた場面が見受けられた。しかしながら、試合中のタイムアウトは時間が限られ、緊迫した中での意思疎通が上手くいかなかった場面が多かった。自分の思う通りに説明していたがそれが通じないこと焦りもあり、コーチが間に立ってフォローしたりした。
  • 恩塚氏にも「デフバスケットボールには視覚的に短い時間で多くの情報を伝え、共通認識を持つ方法」としてサインバスケットボールの説明をしたところ、おおいに理解を示した上で、「一般向けにはターミノロジーという言葉を使ったほうが理解が早いかもしれません」とアドバイスをいただいた。さらに、デフバスケットボールで使われるサインがあるならば、インターネットなどで社会で共有し、統一してはどうかとのアドバイスも頂いたので、当キャンプ主催者である一般社団法人東京都デフバスケットボール協会(以降TDBA)の川口代表理事にもその旨を共有した。

【最後に】

須田個人の反省として、これまで10年以上のバスケットボールの指導経験があるが、デフバスケットボールにおいては「日本手話」と「音声日本語と日本語対応手話」とのふたつの言語が存在しており、ある程度のバスケ競技の指導経験やデフバスケットボール世界選手権の女子監督の経験を持って以てしてでも、ろう・聴障者に対して、完璧にデフバスケを教え切ることができるレベルにまでは至っていないと考えている。それでも他の指導者よりはデフバスケの指導方法に対しての自信はある。その理由として「視覚と触覚に特化したコミュニケーションツールを用いてバスケの練習における指導方法や試合における指示方法について」常に考えて指導内容を考え、B-BALLY’dというろう・聴障者と聴者が一緒にバスケをしているチームで実践してきているからである。今回のキャンプではそれを実際にぶつけ、課題を洗い出し、解決について、恩塚氏をはじめ様々な有識者と相談する機会が得られ、自身の反省点も大きく見つけることができた。競技に対する自らの知識不足も否めず、さらなる精進を努力していくと改めて意を決した次第である。

川口個人としては、ろう・聴障者がチーム競技を楽しむ・究めるために音声以外のコミュニケーション手法を前面に押し出すという、これまでにない試みでの当キャンプを実施できたことは喜びである。当キャンプ後に選手や保護者の率直な意見を聞く限り、デフバスケットボールの未来や希望にも繋がることを実感できた。まだ喋れることや聞こえることを良しとしたこの世の中で、音声以外のコミュニケーション方法を模索する、またはそれをしようとしたのは外国の場合、幾多の例があるが、日本では外国のろうバスケ団体と共同で行ったキャンプは別として、当キャンプを行うまでは未実施であった。過度に勝利だけを求め、バスケットボールのスキルが上手いだけ選手を集めるだけなら誰でもできるが、当協会としては、監督に言われたことをただそのまま遂行するような選手でなく、常に自分で考えて行動したり発信すること、その結果を選手自身が実感・学んでいくといった過程を重点において活動を続けていく所存である。

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